一行が雲の下に入るにつれ、あたりはしだいに暗くなってきた。それは夜のすっきりした闇とは異なり、深い影に閉ざされ、濁ったような暗黒に近かった。小高い斜面を登り切ると、眼下に雲に閉ざされた盆地が横たわっているのが見えた。その中央に、邪悪な薄闇になかば覆われるようにして、破壊された〈夜の都市〉が広がっていた。周辺の樹木はまばらな雑草や、発育不良のねじけた茂みと化し、いずれも日照不足のために白っぽく弱々しい姿をさらしていた。大地から突き出た岩は、どれもびっしりと表面に食いこんだ苔の斑点に覆われている。いびつに節くれだったキノコの群落が、こぶのように地面を隠し、まるで大地そのものが病んでいるように見えた。
 パチパチはぜるたいまつを高くかざし、ゆっくりと注意深い足取りで、グロリムの高僧たちは薄闇に包まれた盆地に入り、クトル?ミシュラクの崩壊した城壁をめざして、無気味な平坦地を進んだ。
 街に一歩踏みこんだとたん、セ?ネドラは崩れ落ちた石のあいだで、ひそやかにうごめくものの気配を感じとった。廃墟のあちこちで影のような姿がちょこちょこと動きまわり、中のあるものは鈎爪を持つ動物特有のかさこそという音をたてていた。直立しているものもあれば、そうでないものもいた。セ?ネドラはぞっとするような恐怖を覚えた。クトル?ミシュラクの監視人は獣でもなければ人間でもなく、いちように他の生きとし生ける物に対する憎悪をその全身からにじませていた。なかの一匹がもし突然ふり向いて、そのおぞましい顔を見せたりしたら、彼女の正気はこなごなに打ち砕かれてしまうことだろう。それがセ?ネドラを死ぬほど脅かしていた。
 一行が崩壊した通りにさしかかると、ウルタグは身震いしながら、よく響きわたる声でトラクへのいにしえの祈りを唱えはじめた。湿っぽい空気はしだいに冷気を帯び、病気の斑点のような苔がここでもまた、崩れた石や家々の廃墟をびっしりと覆い尽くしていた。カビがあらゆるものに染みつき、いびつな節くれだったキノコの群落が、隅っこや割れ目に生えていた。あたりにはむっとするような湿っぽい腐敗の空気がたちこめ、廃墟の床にはどろどろした淀み水がたまっていた。
 街の中心に巨大な鉄塔の倒れた跡があった。折れてむきだしになった鉄骨は人間の腰まわりほどもあろうかという太さだった。その南側には塔が倒れたときの、衝撃で押しつぶされた凄まじい破壊の跡が錆ついた姿をさらしていた。永劫の歳月のあいだに、鉄は赤ちゃけたどろどろの錆と化して、倒れた塔の広大な廃墟を縁どっていた。
 残った塔の基部もまた長い年月のあいだに腐食し、むきだしの鉄骨はすっかり丸みを帯びていた。鉄錆とじくじくと滲み出る黒っぽい水がまざりあった、凝固した血の塊のような液体が鉄板をつたって流れ落ちていた。
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 もはや震えを隠そうともせず、ウルタグは広大なアーチを描く墓所の前で馬を下り、なかば開いた鉄の扉の中へ入っていった。一行が足を踏みいれた、がらんとした広大な前室はトル?ホネスの謁見の間ほどの大きさがあった。ウルタグは無言でたいまつを高くかかげ、一行を一段低くなった階に導き、先ほどと同じような鉄製のアーチを描く入口をくぐり、さらに下の暗闇にむかって伸びる鉄の階段を、金属的な足音を響かせながらおりていった。廃墟の入口から五十フィートほど下った階段の一番底には、丸い鋲の打ちこまれた黒い鉄製の扉があった。ウルタグがためらいがちにノックする音が、そのむこう側の部屋にうつろに響きわたった。
「アンガラクの竜神のまどろみを破るのは何者ぞ」扉の向こう側からくぐもった声がした。
「カマートの司祭、ウルタグでございます」グロリムの声は恐怖に震えていた。「ご命令どおりに、囚人たちをトラクの使徒のもとにお連れいたしました」
 しばし間があいてから、重々しい鎖がじゃらじゃら鳴る音と、巨大なかんぬきをまわす金属音が聞こえた。そしてゆっくりときしみながら扉が開いた。
 セ?ネドラは思わず息をのんだ。扉のむこうに立っているのはベルガラスではないか! 仰天した王女の目が、ようやく微妙な違いを識別して、目の前の白髪の老人がベルガラスではないことを悟るまで、多少時間がかかった。それはベルガラスの兄弟といって通用するほどよく似た老人だった。二人のあいだにはわずかだが、決定的な違いがあった。扉の向こうに立つ老人の視線には激しい苦悩の色があった。それは恐ろしき神にすべてを捧げた男の絶望的な崇拝に押しつぶされた、悲しみと恐怖とひどい自己嫌悪の入りまじった目の色だった。
「隻眼の神の墓所へようこそ、ポルガラ」老人は女魔術師に挨拶した。
「ずいぶん久しぶりね、ベルゼダー」彼女は何の感情もまじえずに言った。
「わしにはその名前で呼ばれる権利はもはやない」老人はかすかに悔やむような口調で言った。
「でもあなたが選んだ道だわ、ゼダー」
 老人は肩をすくめた。「そうであるとも、そうでないとも言える。恐らくわしがこれからやろうとしていることもまた必然性があるのだろう」ゼダーは扉をさらに開いた。「さあ、どうぞ中へ入りたまえ。この地下墓所だって住めば都だ。ただし質素に暮らせばの話だが」そう言ってかれはウルタグの方を見た。「トラクの高僧ウルタグよ、このたびの勤めまことにご苦労だった。おまえの勤めにぜひ報いたいと思う。一緒に入るがいい」老人は脇によって一行を丸天井のある部屋に招じ入れた。壁は巨大な石を接着剤を使わずに積みあげたもので、天井のもっとも高いところには太い鉄骨のアーチがボルトで固定され、上部の廃墟を支えていた。冷たい石と鉄のかもしだす冷気は、部屋の各隅にしつらえられた火鉢でいくぶんか和らげられていた。中央には数個の椅子とテーブルが置かれ、一方の壁にはぞんざいに丸められたわらぶとんと、きちんとたたまれた灰色い毛布が寄せられている。テーブルの上には二本のろうそくが、墓所の死んだように動かない空気に、またたきもせずに燃えていた。
 ゼダーはろうそくを一本取り上げるために立ち止まると、さらに奥のアーチ型の小部屋に一行を案内した。「さあ、これがおまえの勤めに対する恩賞だ」老人はグロリムの僧にむかって言った。「おまえの神の御姿をとくと見るがいい」
 小部屋の中央に棺台が置かれ、その上に頭の先からつま先まで黒づくめの巨大な姿が横たわっていた。磨きぬかれた鋼の仮面が、顔を覆っている。仮面の目は閉じられていた。
 ウルタグは怯えた視線をちらりと投げ、床にひれ伏した。
 突然、深いきしむようなため息が聞こえたかと思うと、横臥した姿がかすかに動いた。恐怖に射すくめられたセ?ネドラが見守るうちに、鋼に覆われた巨大な顔がぎごちなく、こちらを向いた。ほんの一瞬左側の光るまぶたが開けられた。その奥には凄まじい勢いで燃えさかる、あるはずのない瞳があった。鋼の顔がまるで生きている者のように動き、石の床に這いつくばる高僧にむかって、嘲笑するような表情にゆがめられた。同時にそのやきが漏れた。
 ウルタグは仰天した顔をあわてて上げ、神の顔を凝視した。その耳はこの暗い穴蔵でかろうじてかれ一人が聞こえるほどの、うつろなつぶやきに傾けられていた。神のつぶやきはとぎれることなく高僧の耳に吹きこまれ続けた。ウルタグの顔からしだいに血の気が引きはじめ、言語に絶する恐怖がその表情をひきつらせた。うなるようなつぶやきはなおも続いた。言葉こそ聞こえなかったが、その無気味な抑揚は容赦なく他のものの耳の中に入ってきた。ついにたまりかねたセ?ネドラは、自分の耳を覆った。
 突然、ウルタグが悲鳴を上げたかと思うと、よろよろと立ち上がった。その顔はまったく血の気を失い、目玉は眼窩から飛び出していた。わけのわからない言葉を口走りながら、かれは部屋から飛び出した。恐慌にとらわれ廃墟から走りでるかれの悲鳴が、鉄の階段にはね返ってどこまでもこだました。


「むろんここから逃げ出すためのですよ」
「でもわたしたちは逃げないのよ、ダーニク」
「何ですって」
「グロリムはわたしたちが行きたいところへ、連れていってくれるからよ」
「なぜわれわれまでクトル?ミシュラクに行かなくてはならないんですか」
「やらなければならないことがあるからよ」
「ですが、わたしの聞いたかぎりでは、相当ひどい場所らしいですよ。本当に何かのまちがいじゃないんでしょうね?」
 ポルガラは手を伸ばしてダーニクの腕に置いた。「わたしのダーニク」彼女は言った。「どうかわたしを信用してちょうだい」
「むろんですとも、ミストレス?ポル」ダーニクはあわてて答えた。「せめて何が起こるかだけでも教えてもらえませんか。あなたを守らねばならないような場合に備えておきたいのです」
「わかっていれば、あなたに知らせるわ、ダーニク」彼女は言った。「でもわたしにもこれから先、何が起こるか見当がつかないのよ。わかっているのは、この四人がクトル?ミシュラクへ行かなければならないことだけ。そこで起きることは予言が満たされるために、どうしても必要なことなのよ。わたしたちひとりずつ、何らかの役割を果たすことになるわ」
「わたしもですか?」
「特にあなたはそうよ、ダーニク。最初はわたしもあなたがどういう人かわからなかったの。だからはじめのうちはこの旅に同行させたくなかった。でも今はわかっているわ。あなたはあそこへ行って、何か大きな結果を左右するような重要な役目を果たすのよ」
「それはいったい何なのですか?」
「それがわからないのよ」
 ダーニクの目が大きく見開かれた。「もし、しくじったりしたらどうしましょう」かれは心配そうな声でたずねた
「いいえ、大丈夫。あなたはうまくやるわ」彼女は勇気づけるように言った。「わかっているかぎりでは、あなたのやることは、あなた自身の人となりから自然に出てくることなの」ポルガラはいたずらっぽい笑みをもらした。「あなたが間違えることなんて考えられないわ――あなたが嘘をついたり、人をあざむいたり盗んだりできないのと同じようにね。それはあなたの中に自然に築かれてきたものなのだから、あまり心配することはないわ」
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「あなたはそうでも、わたしはやはり心配せずにはいられないのです――むろんわたし個人の問題ですが」
 ポルガラはかすかに愛情のこもったほほ笑みを浮かべた。「わたしのいとしい人」そして突然衝動にかられたようにかれの手を取った。「あなたがいなかったら、わたしたちはどうなっていたことかしら」
 ダーニクはまっ赤になって目をそむけようとしたが、彼女の燃えるような瞳から逃れることができず、ますます顔を赤らめる結果になった。
 ポプラの森を抜けると、無気味に荒れ果てた風景が広がっていた。絡みあった灌木からにょっきりとそびえる白い石が、まるで長年打ち捨てられた墓石のような姿をさらしていた。枯れ木はそのねじ曲がった枝を、嘆願する手のように曇天にむかって突きだしていた。前方に広がる地平線は黒ずんだ雲に厚く覆われていたが、あまりにも色が濃いためにほとんど紫色に見えた。不思議なことにそれらの雲はまったく動くようすがなかった。人の住んでいる形跡はまったくなく、かれらのたどる行路は道ですらなかった。
「ここには誰も住んでいないの?」王女はポルガラにたずねた。
「少数のグロリム以外、クトル?ミシュラクには誰も住んではいないわ」女魔術師は答えた。
「父とチェレク王とその息子たちが鉄の塔から〈珠〉を盗み出した日に、トラクはこの都市を破壊して、その民を外へ連れていったのよ」
「それはいつの話なの?」
「ずいぶん昔のことよ、セ?ネドラ。わたしの知るかぎりでは、それはわたしとベルダランが生まれた日――そしておかあさんが亡くなった日なの。はっきり何年というのは難しいわ。わたしたちはその頃のことは、あまり正確に覚えていないのよ」
「おかあさまが亡くなられて、ベルガラスがここにいたのなら、いったい誰があなた方を育てたの」
「むろん、ベルディンよ」ポルガラはほほ笑んだ。「たしかにあまりいい母親とは言えないかもしれないけれど、父が帰ってくるまでできるだけのことはしてくれたわ」
「だから、あなたはあの人が好きなのね」
「たしかにそれも理由のひとつではあるわね」
 無気味な雲堤はその間も微動だにしなかった。じっと静止したまま、連なる山なみのように両側に広がっていた。一行が近づくにつれ、それはますます高く立ちはだかるように見えた。
「あの雲はどうも変ですね」ダーニクは目の前にそびえる紫色のカーテンをじっと見つめたまま言った。「背後から嵐が近づいているというのに、ぴくりとも動かない」
「あの雲は動かないのよ、ダーニク」ポルガラが答えた。「いまだかつて動いたこともないわ。アンガラク人がクトル?ミシュラクを立てたときに、トラクが街を隠すために雲で覆ったのよ。そのときからあそこにあるの」
「どれくらい前からあるんですか?」
「五千年くらいも昔になるかしら」
「ずっとその間、日がささなかったんですか」
「ええ、一度たりともね」
 グロリムの僧たちがしだいにおびえ始わす回数が増え、ついにウルタグが全員に停止を命じた。「われわれはここから身の明かしをたてねばならん。監視人たちに侵入者とまちがえられたくないからな」
 他の僧たちは不安そうにうなずき、衣の下から磨かれた鋼の仮面を取り出し顔につけた。そして鞍から太いたいまつをはずすと、呪文をつぶやいていっせいに点火した。たいまつは奇妙な緑色の炎を出し、硫黄性の悪臭をはなって燃えた。
「もしわたしがこれを吹き消したらどうなるのかしら」ポルガラがかすかにいたずらっぽい笑みを浮かべてたずねた。「やろうと思えばわたしにはできるのよ、ご存じだとは思うけれど」
 ウルタグは心配そうに彼女を見た。「そのような愚かなまねをされては困ります」かれは警告するように言った。「われわれの監視人はたいそう侵略者に対して残忍なのです。お願いですから災厄をもたらすようなまねは慎んで下さい」
 彼女はくすりと笑い、それ以上何も言わなかった。


「トラシンにまで怪我をさせるつもりはなかったんだが」
「きみのいとこの?」
 レルドリンは憂うつそうにうなずいた。「アリアナとぼくは、とりAmway傳銷あえずレルディゲン伯父のもとに身を寄せることにしたんだ。だがトラシンのやつが彼女にけちをつけはじめた。何といってもアリアナはきっすいのミンブレイトだし、やつときたら偏見のかたまりだからな。ぼくはきわめて丁重に抗議した――自分ではそのつもりだったんだが、トラシンを階段の下まで殴り倒した後は、やつは決闘するといって聞かなかった」
「かれを殺したのかい」ガリオンはショックを受けたような声で聞いた。
「むろん殺しゃしないよ。ただやつの足を刺し貫いてやっただけさ――それもほんのちょっぴりね」
「足を刺してちょっぴりも何もあったもんじゃないよ、レルドリン」ガリオンは思わず怒りを含んだ声を出した。
「ぼくのこと見損なっただろう? そうなんだな、ガリオン」アストゥリアの若者は今にも泣きださんばかりだった。
 ガリオンは目を上に向けてどうしようもない、といったしぐさをした。「違うよ、レル一咭兩號儲值卡ドリン。決してきみを見損なったわけじゃない。ただ、何というか――少しばかり驚いてるだけだ。ほかに覚えていることはないのかい。言い忘れたことなんてないだろうね」
「噂によればアレンディアで、ぼくはおたずね者のようなことになってるらしい」
「おたずね者のようなことというのは?」
「王はぼくの首に賞金をかけたんだ――少なくともぼくはそう聞いている」
 ガリオンは力なく笑った。
「おい、本当の親友というのは友の不幸を笑ったりしないもんだぞ」若者は傷ついたような表情を浮かべてこぼした。
「それだけのもめごとをたった一週間で引き起こしたのかい」
「だが何ひとつぼくのせいで起こったわけじゃないぞ。ただ事態が手におえなくなってしまっただけだ。それでもレディ?ポルガラがこれを聞いたら怒るだろうな?」
「ぼくから話してみるよ」ガリオンは血の気の多い友人を安心させるように言った。「おばさんとマンドラレンからコロダリン王に頼んで、きみの首にかかっている賞金だけは取り消してもらえるようにしよう」
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「きみとマンドラレン卿の二人だけで、マーゴ人のナチャクと手下どもを一人残らず、ボー?ミンブルの謁見の間で倒したというのは本当かい」レルドリンはだしぬけにたずねた。
「どうも事実とはだいぶ違った話が伝わってるらしいね」ガリオンが答えて言った。「ぼくがナチャクを告発して、マンドラレンがぼくの話が本当だということを証明するために戦いを挑んだだけのことだよ。ナチャクの手下がマンドラレンに襲いかかりそうになったところに、バラクとヘターが首尾よく駆けつけたというわけなんだ。だから、じっさculturelle兒童益生菌いにナチャクを倒したのはヘターなんだよ。むろんぼくらはきみとトラシンの名前が出てこないようにしておいたけれどね」
「きみこそ真の親友だよ、ガリオン」
「ここに来てるだと?」バラクの声がした。「いったいここへ何しに来たんだ」
「わたしやイスレナと一緒に来たのだ」アンヘグ王がこたえた。
「彼女は――」
 アンヘグ王はさらに言葉を続けた。「きみの息子もいっしょだよ――むろん娘たちも」
「息子はどんなようすですか」バラクはせきこむようにたずねた。
「でっかい赤毛の獣のような男の子だよ」アンヘグは笑いながら言った。「おまけに空腹になると、一マイル四方に聞こえそうな声で泣きわめくのさ」
 バラクはしまりのない顔でにやにや笑うばかりだった。
 階段を登りきり、大広間の前の狭い控え室にさしかかったところで、おそろいの緑色のマントを着てばら色のほおをした少女が二人、そわそわと一行の到着を待っていた。赤みがかった金髪をみつ編みにした少女たちはエランドよりもわずかに年上のようだった。「おとうさま!」小さい方の少女が金切り声をあげてバラクに駆けよってきた。大男は少女を抱き上げると音をたててキスをした。一、二歳年上らしいもう一人の少女はいくらか威厳のようなものを漂わせて近づいていったが、あっと言う間に父親の腕にさし上げられた。
「おれの娘たちだ」バラクは残りの者たちにむかって言った。「こちらがグンドレッド」かれは赤いあご髭に姉妹を押しつけるようにして言った。少女は父親のちくちくする髭の感触にくすくす笑った。「こっちのおちびさんはテルジーだ」かれは妹娘に愛情のこもったまなざしを送った。
「あたしたちにちっちゃな弟が生まれたのよ、おとうさま」年上の娘はしかつめらしい顔で言った。
「ほほう、そいつはすばらしい」バラクはせいいっぱい驚いたふりをしてみせた。
「おとうさまったらもう知ってたのね!」グンドレッドが非難するような声を出した。「あたしたちが一番はじめに教えるはずだったのに」
「弟の名前はウンラクというのよ。おとうさまとおんなじ真っ赤な髪の毛をしているわ」テルジーが言った。「でもまだお髭がないの」
「今に生えるから大丈夫だよ」バラクは娘を安心させるように言った。
「ものすごくおっきな声で泣くの」グンドレッドが報告した。「それに歯が一本もないの」
 そのときリヴァの〈要塞〉の巨大な扉が勢いよく開き、赤いマントをまとったイスレナ王妃が、愛らしい金髪のアレンド人の娘とバラクの妻メレルを引きつれて姿をあらわした。メレルは全身緑色の衣服をまとい、腕に毛布でくるまれた包みを抱いていた。彼女の顔は誇らしさにあふれていた。
「わが夫にしてトラク卿よ」彼女は固苦しく儀式ばった口調で言った。

「わたくしは無事お役目を果たしました」メレルは毛布でくるまれたものをさし出した。「どうかトレルハイムの後継ぎたるあなたさまの息子をごらん下さいませ」
 バラクは何ともいえない不思議な表情を浮かべて、娘を床におろした。かれは妻のもとに近づくと、毛布にくるまれた包みを受け取った。大男は無骨な指をぶるぶる震わせながら、初めての息子の顔を見るために毛布をそっとめくった。ガリオンの方からは赤ん坊の髪しか見えなかったが、それが父親とそっくり同じ赤色だということだけはわかった。
「ウンラク、トレルハイムの後継ぎにしてわが息子よ」バラクはがらがら声で赤ん坊に話しかけた。そしてかがみこむと手の中の小さな息子にキスをした。髭のちくちくする感触に赤ん坊はくっくっと笑い声をたてた。かれは小さな二本の手をのばして父親の髭をつかむと、子犬のように頭をすり寄せた。
「こいつはなかなかの腕力の持ち主だぞ」赤ん坊に髭をひっぱられて顔をしかめながら、バラクはかたわらの妻に話しかけた。
 メレルの瞳に驚いたような色が浮かんだが、あいかわらず顔は無表情のままだった。

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