「むろんここから逃げ出すためのですよ」
「でもわたしたちは逃げないのよ、ダーニク」
「何ですって」
「グロリムはわたしたちが行きたいところへ、連れていってくれるからよ」
「なぜわれわれまでクトル?ミシュラクに行かなくてはならないんですか」
「やらなければならないことがあるからよ」
「ですが、わたしの聞いたかぎりでは、相当ひどい場所らしいですよ。本当に何かのまちがいじゃないんでしょうね?」
 ポルガラは手を伸ばしてダーニクの腕に置いた。「わたしのダーニク」彼女は言った。「どうかわたしを信用してちょうだい」
「むろんですとも、ミストレス?ポル」ダーニクはあわてて答えた。「せめて何が起こるかだけでも教えてもらえませんか。あなたを守らねばならないような場合に備えておきたいのです」
「わかっていれば、あなたに知らせるわ、ダーニク」彼女は言った。「でもわたしにもこれから先、何が起こるか見当がつかないのよ。わかっているのは、この四人がクトル?ミシュラクへ行かなければならないことだけ。そこで起きることは予言が満たされるために、どうしても必要なことなのよ。わたしたちひとりずつ、何らかの役割を果たすことになるわ」
「わたしもですか?」
「特にあなたはそうよ、ダーニク。最初はわたしもあなたがどういう人かわからなかったの。だからはじめのうちはこの旅に同行させたくなかった。でも今はわかっているわ。あなたはあそこへ行って、何か大きな結果を左右するような重要な役目を果たすのよ」
「それはいったい何なのですか?」
「それがわからないのよ」
 ダーニクの目が大きく見開かれた。「もし、しくじったりしたらどうしましょう」かれは心配そうな声でたずねた
「いいえ、大丈夫。あなたはうまくやるわ」彼女は勇気づけるように言った。「わかっているかぎりでは、あなたのやることは、あなた自身の人となりから自然に出てくることなの」ポルガラはいたずらっぽい笑みをもらした。「あなたが間違えることなんて考えられないわ――あなたが嘘をついたり、人をあざむいたり盗んだりできないのと同じようにね。それはあなたの中に自然に築かれてきたものなのだから、あまり心配することはないわ」
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「あなたはそうでも、わたしはやはり心配せずにはいられないのです――むろんわたし個人の問題ですが」
 ポルガラはかすかに愛情のこもったほほ笑みを浮かべた。「わたしのいとしい人」そして突然衝動にかられたようにかれの手を取った。「あなたがいなかったら、わたしたちはどうなっていたことかしら」
 ダーニクはまっ赤になって目をそむけようとしたが、彼女の燃えるような瞳から逃れることができず、ますます顔を赤らめる結果になった。
 ポプラの森を抜けると、無気味に荒れ果てた風景が広がっていた。絡みあった灌木からにょっきりとそびえる白い石が、まるで長年打ち捨てられた墓石のような姿をさらしていた。枯れ木はそのねじ曲がった枝を、嘆願する手のように曇天にむかって突きだしていた。前方に広がる地平線は黒ずんだ雲に厚く覆われていたが、あまりにも色が濃いためにほとんど紫色に見えた。不思議なことにそれらの雲はまったく動くようすがなかった。人の住んでいる形跡はまったくなく、かれらのたどる行路は道ですらなかった。
「ここには誰も住んでいないの?」王女はポルガラにたずねた。
「少数のグロリム以外、クトル?ミシュラクには誰も住んではいないわ」女魔術師は答えた。
「父とチェレク王とその息子たちが鉄の塔から〈珠〉を盗み出した日に、トラクはこの都市を破壊して、その民を外へ連れていったのよ」
「それはいつの話なの?」
「ずいぶん昔のことよ、セ?ネドラ。わたしの知るかぎりでは、それはわたしとベルダランが生まれた日――そしておかあさんが亡くなった日なの。はっきり何年というのは難しいわ。わたしたちはその頃のことは、あまり正確に覚えていないのよ」
「おかあさまが亡くなられて、ベルガラスがここにいたのなら、いったい誰があなた方を育てたの」
「むろん、ベルディンよ」ポルガラはほほ笑んだ。「たしかにあまりいい母親とは言えないかもしれないけれど、父が帰ってくるまでできるだけのことはしてくれたわ」
「だから、あなたはあの人が好きなのね」
「たしかにそれも理由のひとつではあるわね」
 無気味な雲堤はその間も微動だにしなかった。じっと静止したまま、連なる山なみのように両側に広がっていた。一行が近づくにつれ、それはますます高く立ちはだかるように見えた。
「あの雲はどうも変ですね」ダーニクは目の前にそびえる紫色のカーテンをじっと見つめたまま言った。「背後から嵐が近づいているというのに、ぴくりとも動かない」
「あの雲は動かないのよ、ダーニク」ポルガラが答えた。「いまだかつて動いたこともないわ。アンガラク人がクトル?ミシュラクを立てたときに、トラクが街を隠すために雲で覆ったのよ。そのときからあそこにあるの」
「どれくらい前からあるんですか?」
「五千年くらいも昔になるかしら」
「ずっとその間、日がささなかったんですか」
「ええ、一度たりともね」
 グロリムの僧たちがしだいにおびえ始わす回数が増え、ついにウルタグが全員に停止を命じた。「われわれはここから身の明かしをたてねばならん。監視人たちに侵入者とまちがえられたくないからな」
 他の僧たちは不安そうにうなずき、衣の下から磨かれた鋼の仮面を取り出し顔につけた。そして鞍から太いたいまつをはずすと、呪文をつぶやいていっせいに点火した。たいまつは奇妙な緑色の炎を出し、硫黄性の悪臭をはなって燃えた。
「もしわたしがこれを吹き消したらどうなるのかしら」ポルガラがかすかにいたずらっぽい笑みを浮かべてたずねた。「やろうと思えばわたしにはできるのよ、ご存じだとは思うけれど」
 ウルタグは心配そうに彼女を見た。「そのような愚かなまねをされては困ります」かれは警告するように言った。「われわれの監視人はたいそう侵略者に対して残忍なのです。お願いですから災厄をもたらすようなまねは慎んで下さい」
 彼女はくすりと笑い、それ以上何も言わなかった。